音楽好きの今の話と昔の話

普段目についた音楽について何となく語ります。

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1985年ー2023年

昨日に引き続き阪神タイガースにちなんだ話。38年ぶりの日本一を達成した1985年の音楽は?と思ったので早速紐解いてみた。この年流行った曲の代表的なものを羅列していきたい。まずはチェッカーズ「ジュリアに傷心」。

 

この曲は前年の終わり頃、1984年11月21日にリリースされ1985年最も売れたシングルかつチェッカーズ最大のヒット。今考えても異質なシーンだ。ロックンロールとドゥーワップを軸とした楽曲は、単なるアイドル的グループではなく本格的なバンドとの印象も植え付けることができた。その時代を切り取れるくらい独特な編成とアレンジは歌謡曲の香りも感じながら新しい音楽である。ドゥーワップを流行らせたラッツ&スターと少し違う路線でうまくスターダムにのし上がることが出来た。バブル期はなんかシックでオシャレな音楽が良かったのかな?と感じる非常に興味深いシーンだ。

中森明菜さんの「ミ・アモーレ〔Meu amor é・・・〕」も1985年のヒット曲だ。中森明菜さんは今聞いても恐ろしいくらい気持ち良い。歌唱力と表現力は神懸かっている。詳しく話すより過去記事をどうぞ。

ここら辺で一旦海外に目を向けてみたい。1985年と言えばUSA for AfricaWe Are The World」が作られた年だが、それ以外にはどんな曲が流行ったのだろう。ここ日本でも流行った曲はこちら。

a-haの「Take On Me」も1985年頃にヒットした曲だ。このMVは話題になり翌年1986年のMTV Video Music Awardsで6部門を受賞した。「Take On Me」と言えば私はこちらは外せない。

Reel Big Fish(リール・ビッグ・フィッシュ)バージョンだ。定期的に聞かなければならない気がして、ついつい聞いてしまう。話が逸れてしまったので1985年に戻したい。

 

 

Eurythmics(ユーリズミックス)「There Must Be an Angel (Playing with My Heart)」も1985年リリースされて今でも耳にする楽曲だ。

では次々紹介したい。Freddie Mercury(フレディ・マーキュリー)「I Was Born To Love You」も1985年。後にQueen(クイーン)としてもリリースした楽曲。日本ではQueenの代表曲のひとつ。

さて、日本に話を戻してみたい。チェッカーズ中森明菜さん、いわゆるロックテイストなものや歌謡曲からJ-POPへの境目ともいえる音楽に埋め尽くされたヒットチャートの中でこんな曲も。田舎をディスったというか自虐的な日本語ラップのはしりとも言われるこの曲。

吉幾三さんの「俺ら東京さ行ぐだ」も1985年に流行った楽曲だ。日本語ラップの祖なんて言われているが、少し後付けっぽいところは否めない。しかし、反抗的なメッセージ性を強く打ち出したラップ調の曲は今のラップにつながるといっても過言ではないと思う。

 

俺ら東京さ行ぐだ

俺ら東京さ行ぐだ

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さて、色々と急ぎ足でピックアップしてみたが、音楽を聞くきっかけが生まれたでしょうか?最後は1985年生まれの世界的アーティストで締めたい。来年1月にも来日公演するBruno Mars(ブルーノ・マーズ)。「Leave the Door Open」はSilk Sonicらとコラボした作品だがこちらを最後にしたい。こうやって音楽だけでも色んなことがあった。今年も色んな音楽が作られている。だが、もうしばらくは阪神タイガース日本一の余韻に浸らせて欲しいと思いながらご一聴。