音楽好きの今の話と昔の話

普段目についた音楽について何となく語ります。

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私的名盤考察 「音楽」

若い頃「東京事変」が始まって最初に思ったことは、「高尚だな。」と言うこと。

椎名林檎さんの音楽が好きだったので必然的に聞き始めた訳だが、最初に感じた感想は「それ」だった。デビュー曲「群青日和」は名曲でかなり好きな1曲だし、1stアルバムの「教育」は今思えば随分と「椎名林檎風」ではある。でもどこか期待していたものとは違った。

しばらくして知った話だが、あくまで東京事変は引退を考えていた椎名林檎さんの音楽活動を何とかして残していきたい周りの人たちの「延命措置」だったようだ。亀田誠治さんの呼びかけがきっかけとなったようで、このような国民栄誉賞クラスのバンドが出来上がった。日本音楽史的にファインプレーである。

今回ピックアップした1枚は東京事変の2021年アルバム「音楽」だ。先日たまたまCDの棚を整理していたら目に付いて、そのままプレイヤーに放り込んだ。そして聞いたら、かなり良かったので今回記事にしてみたかった。「私的名盤考察シリーズ」に選定する基準というものはないが、この記事を書いている段階で東京事変の中で一番新しいアルバムを今回選定した。それは何故か?実は自分でもよくわかっていない。これからこの一枚を紐解いていくうちにその理由がわかってくるのかも知れない。それでは今回も同様、名盤考察とは大それたものではないが現代から見えるこのアルバムの形を探ってみたい。

まずは概要。2021年の「ロックの日」6月9日に発売された。まずは曲順とタイトル、そして時間を並べてみる。
1.「孔雀」1:59
2.「毒味」4:03
3.「紫電」3:38
4.「命の帳」3:38
5.「黄金比」4:17
6.「青のID」3:44
7.「闇なる白」3:03
8.「赤の同盟」4:09
9.「銀河民」4:08
10.「獣の理」2:56
11.「緑酒」4:06
12.「薬漬」3:08
13.「一服」2:14

並べて感じる事は、いつもの如く7曲目を中心とした左右対称でかつ「対」になる曲目である。そして今回は色が多く目に付く。「紫」に対して「緑」、「銀」には「金」、「青」に「赤」とカラフルな対比をなしている。だからジャケットはカラフルなんだと思った。個人的にはこう言った曲目の並べ方は「粋だな」と感じるのでかなり好きなのだが、今回の色の意味はタイアップが関係していたようで、そこまで重要では無い。たまには全曲紐解いてみたい。

 

 

1.「孔雀」

孔雀とはまた派手なスタートになるのだろうか?と言った感じで始まるのだが、歌詞が手元に無ければ何を言っているのか聞き取れない。まさに葬儀に参列したときの感覚に近い。ありがたいお経を耳で聞きながら、渡された経典を字面で追いかけているようだ。それもそのはずこの楽曲は椎名林檎さんのアルバム「三毒史」の仏教色の強い1曲目「鶏と蛇と豚」のアンサーソングなのだ。ちなみに「音楽」と「三毒史」は少し繋がっており、男性ボーカルが「音楽」には奇数番目の曲に、「三毒史」には偶数番目の曲に参加している。そんなことに注意しながら聞いてみるのも面白いと思う。

 

また、この曲はメンバーを五臓に例えて紹介している。まさにそれぞれのパートに適したかのような臓器の割り振りだ。

心臓=刃田綴色 (Dr.)、肝臓=亀田誠二 (Ba.)、腎臓=伊澤一葉 (Pf.)、脾臓=浮雲 (Gt.)、肺臓=椎名林檎 (Vo.)

まさに「名は体を表す」と言ったところか。そんなことに感心しながら次の曲へ進む。

2.「毒味」

スムーズに1曲目の最後から繋がる林檎さんの通る声。ピアノ、ベースの音がすぐさま追いかけてくる。グルーブ感をうっすら匂わせながら奏でられるこの曲は私が最も敬愛する将棋棋士羽生善治さんへのラブレターソングだそうだ。一部の歌詞がそれを示している。昨今藤井聡太八冠の話題でもちきりの将棋の世界は厳しい。無双状態の彼が生まれた背景には確実に羽生さんの存在はあったかと思う。何十年も将棋界のトップで孤高の存在だった羽生さんへ捧げたこの曲はアップテンポに3曲目へと繋げる。

3.「紫電

若者に対するメッセージソング。歳を重ねるということはずる賢くもなるのだろう。終盤急激に曲調が変わってしまう。口開けてぽかーんしている人を笑う、その雰囲気が伝わってくる。ちなみに紫電とは鋭い眼光を意味するようで、私みたいなおっさんが若者を睨みつけている様は単なる不審者だとかちょっと思ってしまった。

4.「命の帳」

愛情の伝え方は色々あるし、表現の仕方も様々だ。この楽曲ではピアノ伴奏メインでサラッと歌い上げているが、「僕」と「あなた」がいちゃついているような歌詞にも聞こえる。冒頭では「僕」の肌へ触れる理由を「あなた」に問うている。そして「僕」は「あなた」にとっての1位じゃなきゃ嫌だ、とか言ってる割には結局最後に立場が変わっている。そんな愛されるより、愛したい一曲。何気に深い名曲。

5.「黄金比

何事にも黄金比は存在するのだろうか。しかし、最高に感じる割合は人それぞれである。この楽曲は男女の恋愛が描かれた楽曲だ。二人の関係性を黄金比に例えたのだろうか。実際黄金比という言葉を調べてみると、数学的な言葉でとにかく難しい。1:1.618…と永遠に続く割合で辿り着けない境地だ。簡単に表現すると約5:8というなかなか微妙なバランスだ。男女の関係も永遠にわかり合えないもの、そういったバランスのうえで成り立っているのかも知れない。

黄金比 - Wikipedia

ちなみに記号で書くと「φ(ファイ)」。そう、かのバンドBOØWY(ボウイ)の真ん中の記号だ。このバンドも何とも言えないバランスで成り立っていたバンドだと思う。強烈な個性がぶつかり合って、最高の楽曲が生まれてくるのは、東京事変も同じことが言える。たけど結局黄金比は結果論なのかも知れないと自分なりに納得しただけの話。

6.「青のID」

歌い方が好きだ。これぞ「椎名林檎色」というボーカル。以前も「声色(こわいろ)」と言う記事でも話したが、椎名林檎さんの消え入るような掠れ声がかなり好きだ。単なるハスキーではない。擦り切れ声と呼ぶべきかわからないが、このトーン、ビブラートに近い声は出そうにも中々これほど色っぽく出せる方はいないと決めつけている。とにかくこのアップテンポさに絡みつく林檎さんの声が良い。

7.「闇なる白」

暗いのか明るいのかわからないタイトル。とは言えこの楽曲の歌詞の使い方が面白い。最初に伝えたが、このアルバムの楽曲の並びはこの曲を中心に左右対称なのである。しかも「対」となる意味合いをタイトルに持たせている。そして、この曲の歌詞、「薬」「毒」、「生きる」「死ぬ」、「昼」「夜」、「攻」「防」、「如何様」「公明正大清廉潔白」、「見晴らして辺り全面」「身を隠してしまいたい」、といくらでも対になるワードが散りばめてある。言葉遊びが深い。さて、ここまでお付き合いしていただいたが、まだ半分ということ伝えながら折り返しに入る。

8.「赤の同盟」

この曲の疾走感は程よく心地よい。AメロとBメロが閉じ込める「溜め」がサビで綺麗に解き放たれる。それは決して勢いだけではなく、聞いている側をがっかりさせない程良さである。それは2番の展開がより顕著だ。さてサビへ入ろうかというときにこれでもかと溜めておいてからの全然違う展開。しかし、気が付いたら元に戻った疾走感。説明を聞くより聞いた方が早い。

9.「銀河民」

この曲は日本語の為だけの楽曲ではないようなメロディだ。どんな国の言葉でも当て嵌めて歌ってしまえそうな世界観。そして歌詞はなんとも言えないあるあるネタ。しかしながら単純な言い回しのみならず、少々下世話な話もすっきり収めてしまう。こんなカタチであるある言いたい。

10.「獣の理」

タイトルから伺えるのは野生味あふれるサウンド。しかし、そんな思いとは裏腹にサビはポップなシティサウンド。初期の椎名林檎サウンドの香りが断片的に感じ取れると同時に王道な爽やかメロディ。それもそのはず作曲は亀田誠治さん。やはり椎名さんを最高に活かせるのは亀田さんだよ。

11.「緑酒」

私が東京事変の楽曲で最も好きな2曲のうちのひとつ。あまりにも壮大すぎるメロディ展開、各所で粋な技術を見せる伴奏、和の美しさをこれでもかと訴えてくるMV。東京事変の最高傑作だと思っている。まず、Aメロの歌詞は肩の力を抜けと言わんばかりにホッとさせてくれる。

"各種生業お疲れさん"

このフレーズは椎名林檎というキャラクターに陶酔している「各種生業」のファン、つまり私も含めて鳥肌モノだ。週末の疲れた身体に最後のひと押し、グッーとソファに押し込んでくれるフレーズだ。そして歌詞は自分の実社会における立場を重ねてしまうシーンへと繋がる。

"責任を負う立場になった"

そうなのだ。自分もそういった立場になってしまったのだ。そんな自分の応援歌のように聞こえてくる。自由の大切さを噛み締めることが出来る楽曲でもある。

少し話が戻るが、事変お気に入りもう1曲はデビュー曲の「群青日和」。まだまだロックな荒削り感たっぷりでディストーションな感じの楽曲。この「緑酒」は20年のキャリアの間に少しずつ磨き上げられ、気が付いたらピンと背筋の伸ばさなけならない年齢に辿り着いた同世代の歌に進化していた。現状に満足するわけではないが、ここは一旦これまでの頑張りに緑酒で乾杯したいと思えてしまう。青が緑に色づきいつかは紅葉した楽曲が生まれてくるのか。いずれにせよ名曲中の名曲である。

12.「薬漬」

「緑酒」を聞いて高まった気持ちの昂りを抑えるようなテンポの曲。こういった緩急のバランスが東京事変はうまいと思う。単なるテクニックで片付けるのではなく、聞いている側の心情を覗き込んでいるような感覚に陥る。それと2曲目「毒味」と対になるタイトルだが、よくよく考えると面白い言葉だ。「毒味」という言葉は毒という文字が入っているのに、その毒を回避するための行動を指している。つまり、毒にならない。その一方で「薬漬」という言葉は薬という文字が入っているが、状態としては病的である。なんだかこのアルバムを聞いている自分を表現しているようだ。「毒味」を聞いているころは、どんなアルバムなんだろうと様子を伺っているが、ここ「薬漬」に来る頃にはもう東京事変依存症。まだまだ聞いていたいという精神状態で、もう終わっちまうのか、という寂しさに包み込まれながら次の曲へ進む。

13.「一服」

この楽曲の一番の見どころは、一服と言いながらあっさり閉めてしまう潔さ。曲の最後は余韻を残すことなくバタンと終わらせてしまう。歌詞は椎名林檎さんのファンに対する気持ちが組み込まれているとのこと。しかし、汲み取る暇もなく東京事変の「音楽」世界を堪能する出来た素晴らしい時間は終わりを告げる。

このアルバム全体を通して感じたのは歌詞の素晴らしさである。若い頃の椎名林檎さんの歌詞でも昔の文体のようなものがよく目に付いた。しかし、齢40を超えた女性が書き連ねていく言葉は重みが違う。自分も同じような年齢だからこそ贔屓目もあり、余計に強く感じてしまう。椎名林檎さんは言葉に対してここまでストイックかつフリーダムでセンス抜群なのには何か理由があるのだろうか、様々な思いを巡らせてしまう。

若かりし頃は一見「厨二病」と捉えられても致し方無い歌詞だった。椎名林檎さん自身小っ恥ずかしく感じる歌詞もあるのではないかと思いながら、作曲はバラバラだが作詞は全て椎名林檎さんのこの「音楽」の歌詞のみに目を通してみる。そんな工程を経て感じたこと、まさにこの作品は「音楽文学」と呼んでも差し支えない。そして「ノーベル音楽文学賞」を贈呈したい気分になった。この私の意見には賛否両論あるだろう。直木賞だってノーベル文学賞だって賛否両論あると思えばそんな意見もあってよかろう。とにかくそんな「名文」に「名曲」が載っかった「名作」がこの「音楽」と言うアルバムだ。

さて、ここまでガッツリと書いてみてようやく「私的名盤考察シリーズ」に組み込まれた理由がわかった。東京事変の5人の天才がようやくここに来て「身体=内臓」として本当の意味でバランス良く機能した一枚なんだと思った。東京事変はこれまで「教育」問題に取り組み、「大人」な意見を提案してきた。しかし、そこには「娯楽」という要素がなく「スポーツ」に打ち込むことでその価値を見出して来た。そして「大発見」したのが約10年後のこのアルバム「音楽」だったのだ。原点に戻るような、かつ最先端を我々が突っ走るという「志し」を宣言しているかのようなタイトルの一枚。まさに名盤である。

と、ここまで私の私見を述べ続けてきた。いつも以上に好き勝手に解釈をして作品の意図とは関係ない話をしてきたと思う。そのことは東京事変の皆様には謝らなければならない。また、ファンの皆様にも不快な意見もあったかも知れない。しかし、そこは皆様と同じで東京事変を好きだからこそ出てしまった熱い思い、とご理解いただけるとありがたい。

私のブログは音楽に触れる「きっかけ」を作り出すために日々記している。今回の話で東京事変の「音楽」を1回聞いてみようと思って頂ければこの上ない。