音楽を聴く醍醐味のひとつに、「衝撃の事実を知った瞬間のカタルシス」がある。今まで聴き慣れていたあの曲。イントロの瞬間、反射的に体が動くあの曲。自分の人生のサウンドトラックの一部だと思っていた曲の裏側に、実は「別の顔」があったと知ったとき、音楽ファンはニヤリとせずにはいられない。最近、ウルフルズの名曲たちを巡って、まさにそんな「やられた!」という体験をした。
「大阪ストラット」――それは、大瀧詠一への愛ある“乗っ取り”
ウルフルズといえば、ソウルフルで泥臭く、それでいて最高にポップなバンドだ。その代表曲のひとつ「大阪ストラット」を聴いて、多くの人が「大阪の匂いがする!」と思うだろう。ミナミの雑踏、天守閣、そしてトータス松本が一人六役でまくしたてるあのラップ。あのエネルギーこそがウルフルズの真骨頂……そう信じて疑わなかった。しかし、事実はもっと粋だった。
実はこの曲、オリジナルは大瀧詠一の『NIAGARA MOON』に収録された「福生ストラット Part2」なのである。東京の福生(ふっさ)が、ある日突然、大阪へと塗り替えられていたのだ。想像してほしい。大瀧詠一という「音の魔術師」が紡いだ原曲を、ウルフルズという「土着の怪獣」たちが、自分たちの庭へ強引に引きずり込み、固有名詞を大阪のものへと塗り替え、ラップを注入して暴れ回る。しかもそこに、名アレンジャー・伊藤銀次の手が加わっているのだから、ただのパクリや物真似などという低次元な話ではない。
これは、ルーツに対する極上のリスペクトであり、同時に「自分たちの色に染め上げてやる」という猛々しい野心だ。当時、この元ネタを知っていた音楽マニアたちは、さぞかしニヤニヤしながらこの曲を聴いていたことだろう。大瀧詠一の緻密な世界観を、大阪の熱気で溶かしてしまったようなこの「大改造」。これこそが、音楽の醍醐味である。
「ガッツだぜ!!」の裏側にある、ディスコと気合と震災の年
そして、もうひとつの衝撃が「ガッツだぜ!!」だ。この曲が、KC&ザ・サンシャイン・バンドの「That's the Way (I Like It)」のサビからインスパイアを得ているという話は、もはや語り草だ。さらに遡れば、あのトータス松本が、小室哲哉からの「君たちにはディスコが合う」というアドバイスを真に受け(!)、ディスコサウンドを意識して作曲したという経緯すらある。
あのアゲアゲの金字塔が、そんな経緯で生まれていたとは。しかも、当のトータス本人は「アゲアゲソングはあまり好きじゃなかった」というから笑えてくる。バラードで勝負したかった男が、当時の鬱屈とした世相に対し、「世の中が暗いから元気にしよう」なんて綺麗事ではなく、「俺たちが頑張ろうとしているのに、世の中のこの暗いムードは何なんや!」という、ある種の反骨心からこのモンスターソングを生み出した。
皮肉にも、1995年という激動の時代に、この「空気を読まない熱量」が日本中を席巻した。ジョン・B・チョッパーが「いける」と蔵出しした一曲が、結果として国民的アンセムになったのだから、音楽の神様というのはつくづくイタズラ好きだ。
カッコよければ、すべてよし
音楽に、純潔やオリジナリティだけを求めるのは少し窮屈かもしれない。大瀧詠一という偉大な巨人の肩に乗っかったウルフルズ。ディスコという借り物の衣装を、自分たちの汗と涙でビショビショに濡らしてしまったウルフルズ。彼らが証明したのは、「元ネタが何か」よりも、「誰が、どんな情熱を持って表現したか」こそが重要だという事実だ。カッコいいフレーズを見つけたら、それを自分たちのものにする。先人の知恵を借り、時代のアドバイスを右から左へ受け流しつつ(時に真に受けつつ)、自分たちの血を通わせる。それは音楽史という巨大なキャンバスに描かれた、最高にロックな落書きのようなものだ。
もしあなたが、今ウルフルズを聴きながら「ガッツだぜ!」で拳を突き上げているなら、その背後でKC&ザ・サンシャイン・バンドがニヤリと笑っているかもしれない。あるいは「大阪ストラット」を聴くとき、福生の風を感じる余裕があるなら、あなたはもう一人前の「音楽の旅人」だ。
結論。カッコよければ、すべてよし。これからも私たちは、そんな「ルーツを知る楽しさ」をポケットに詰め込んで、最高な音楽の旅を続けようじゃないか。では最後に「大阪ストラット」をご一聴。
