ブログを書き始めて椎名林檎さんのオリジナルアルバムは初めてだ。そのタイトルは「放生会」。以前書いた記事でも少し触れたが、「ほうじょうや」と読む。タイトルについて少しだけ調べている過去記事へ。今回は楽曲を聞いてみたので内容に触れたい。
さて、椎名林檎さんにとって「三毒史」以来5年ぶりのオリジナルアルバム。
まずは昔の話。前作の頃は「コロナ禍」なんて言葉すら飛び交うことのない、パンデミックとは無縁の時代だった。まさかと思えるほどこの5年で世界は劇的に変わった。若い頃に経験した「9.11」のときも世界が大きく変わり、海外へ行く際のセキュリティが変わったことを実感していた。だけどそれはあくまで特別なシチュエーションだけで日常にはほぼ影響はなかった。しかし、「コロナ」は違った。身近なところにも忍び寄り、生活が大きく変化した。そのうえ自分にも降りかかってきた。そして、気が付けば海外では戦争があちこちで起こり、金融不安も常にそばにある。あげくAIの劇的進化によるシンギュラリティが近づくのを少しずつ感じる。
今の話。「放生会」はそんな時代を経て生まれた名作アルバムと言える。一回通しで聞いたが、これほど濃密なアルバムはもしかしたら「KSK」以来の衝撃かも知れない。
今回の注目点はいくつかある。まずはデュエットソングの数々。「三毒史」のときは偶数曲に男性アーティストとのデュエットが収録されていた。一方「放生会」は奇数曲に女性アーティストとのデュエットが登場する。椎名さんらしい構成だが、「三毒史」のこのコラボ構成に対するアンサーは東京事変の「音楽」でも行われている。過去記事にて参照をオススメする。この3作品は回しながら聞いていくと面白いと思う。
その他の注目点は曲目のシンメトリーだ。実際に曲目を並べてみたい。奇数曲の後ろにある名前が今回デュエットしている女性アーティストだ。
01.ちりぬるを(中嶋イッキュウ)
02.私は猫の目 album ver.
03.生者の行進(AI)
04.人間として
05.初KO勝ち(のっち)
06.公然の秘密 album ver.
07.浪漫と算盤 TYO album ver.(宇多田ヒカル)
08.茫然も自失
09.ドラ1独走(新しい学校のリーダーズ)
10.さらば純情 album ver.
11.余裕の凱旋(Daoko)
12.いとをかし album ver.
13.ほぼ水の泡(もも)
そして今回はセンター曲、7曲目「浪漫と算盤」を中心として言葉のデザインがシンメトリーになっているようで全部がなっていない。曲目について1曲目に対する13曲目、2曲目に対する12曲目が対称となっていない。過去アルバム作品において曲目を左右対称にデザインしてきたのは「勝訴ストリップ」「加爾基 精液 栗ノ花」「三文ゴシップ」「三毒史」。アルバムでは恒例だが、何故だろうかこの中途半端には何か意図があるのだろうか?界隈で模索している人もいるだろうがまずは自分なりに読み解きたいと思いながらひたすら聞いてみる。
今回アルバムリリースにあわせて公開されたデュエット曲のMVを順番に並べてみた。宇多田さんとの曲は過去作品なので外した。それにしても面白い組み合わせ。個性的なアーティストとの組み合わせは非常に興味深い。しかし、個人的に一番予想外の結果に感じたのはPerfumeの「のっち」との楽曲だった。想像以上に鋭く尖った声を出すのっち。Perfumeという究極の三位一体ユニットでは汲み取れない「何か」を感じてしまった。Perfumeを聞き込んでいた人たちには理解できる結果だったかも知れないが、人並みにしか聞いていない私には大きな感動だった。
また、口語調の楽曲がばかりだったように感じた。元々語呂合わせのために独特な言い回しはよく見られたが、デュエット故のかけあわせ感を出すためだろうか。そんなところも気になった注目点だ。さて、今回は私的名盤シリーズではないのでこのあたりにしたい。結局曲目の並びの謎はわからなかった。考察している方がいると思われるのを期待したい、と思っていたら歌詞カードのある部分が目に付いた。
あ、英語タイトルが左右対称だ。そう言うことか。日本語までは難しいのか謎は残るがすっきりした。
捕獲した魚や鳥獣を野に放し、殺生を戒める儀式を「放生会」と呼ぶそうだが、ここ日本でも1000年以上も前から行われている。なんとも罪滅ぼし的なタイトルだが、音をかき集めてそれをまた世に放つ様は、さらに加速した音の大量消費に対する戒めと感じてしまうのは大それた考えだろうか。椎名林檎さんは多くのパフォーマーとともにそれを体現しているのではないかと勝手に妄想しながら最後の楽曲。なんだかんだで「公然の秘密」は、声を重視する私にとって近年最大の椎名林檎作品の名作である。様々な「こわいろ」を魅せてくれる一曲をご一聴。