音楽好きの今の話と昔の話

普段目についた音楽について何となく語ります。

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メガヒットの狂気と、街を鳴らしたあの夏の空気感

大人の夏の大型連休、「お盆休み」が終わりを告げる。いろんなスタイルがあるが、世の中の大多数の人たちはその期間、仕事が休みになるのだろう。その中のひとりである私は、ダラダラと高校野球を見る日々を過ごしていた。どこへ行っても人混みだらけだし、とにかく暑いなかウロウロするのは苦痛に感じるあたり、我ながら若さがない。とはいえ、このお盆休みに知り合いと食事に行ったり、サイズが小さく感じる指輪を修理に出したりと、それなりに色々とやってはいた。

前置きが長くなったが、私にとっての夏休みが終わりを告げた今日、8月16日。過去にリリースされたCDを調べてみると、2002年のとある楽曲にたどり着いた。Every Little Thing(以下、ELT)の21枚目のシングル『ささやかな祈り』。デビューが1996年だから、実にハイペースなリリースだ。2002年頃には世間の「流行り」としては落ち着いていただろうが、CDシングル最盛期の熱量とELTの勢いが相まった結果が、この凄まじいリリース密度だったのだと思う。

今の若い人たちには伝わりにくいであろう、あの時代の「勢い」。あの最大瞬間風速の凄まじさを今の時代に残したいと思い、私はペンをとった。あの熱狂の正体は、単なる「CDの売上枚数」という数字データだけでは到底語りきれない。

今の若者もELTの『Time goes by』や『Fragile』という名曲を知っているし、何百万枚売れたという事実も知識として持っているだろう。しかし、彼らが知らないのは「その時代の日常に、どれほど深くその歌声が溶け込んでいたか」という空気感そのものだ。私たちが上の世代からピンク・レディーや吉田拓郎の全盛期について聞かされる時、どこか単なる「懐かしのスター」以上の、時代そのものを揺さぶった熱量を感じ取るのと同じである。

当時、日本の音楽シーンを揺さぶっていたヒットチャートの構造を振り返ると、非常に興味深いグラデーションが存在していたことに気づく。一方には、安室奈美恵に代表される圧倒的なカリスマ性と時代のファッションアイコンとしての存在感。もう一方には、Mr.ChildrenやGLAY、L'Arc〜en〜Cielといった、バンドのイデオロギーや巨大なロックのエネルギーを背負ってスタジアムを埋め尽くす男たち。この二大巨頭が時代のフロントラインを張っていた。

しかし、その巨大な二軸の「中間」に位置し、日常のすき間に滑り込むように時代を席巻した存在こそが、女性ボーカルを擁するプロデュースユニットたちだった。中でも、その先駆けとして異質な存在感を放っていたのがMy Little Lover(マイラバ)だ。

 My Little Loverの静かなる支配

1995年、『Hello, Again 〜昔からある場所〜』が流れた瞬間の空気の変わりようを覚えているだろうか。安室奈美恵のような手の届かないカリスマでもなく、ミスチルのような青く熱いドラマ性でもない。小林武史の手がける緻密で洗練されたポップサウンドに乗せて、akkoが歌い上げるあの透明でどこか無機質なボーカル。それは過剰な自己主張をせず、しかし圧倒的なポップネスを持って、日常の風景を静かに塗り替えていった。CDショップの店頭だけでなく、街角のラジオ、コンビニのUSEN、Driveの車内——どこへ行ってもマイラバが鳴っていた。派手なパフォーマンスで煽るのではない。ただそこに「存在する」だけで、時代全体のBGMを独占してしまうような静かなる凄み。あれこそがマイラバの持っていた狂気的なまでの浸透力だった。

 「脱力」と「過密」の間をつないだPUFFYの存在

このマイラバやELTが構築した「日常に溶け込むポップス」と、カリスマたちの「非日常の熱量」の中間地点において、極めて異彩を放っていたのがPUFFYではないだろうか。奥田民生プロデュースのもと、『アジアの純真』で鮮烈にデビューした彼女たちは、徹底的な「自然体」と「脱力」を武器にしていた。頑張らない、張り切らない、だけど抜群にキャッチー。安室奈美恵を目指すにはストイックさが足りず、ミスチルを聴くには少し肩の力を抜きたい——そんな広大な音楽的空白地帯に、PUFFYの脱力感が見事にはまった。マイラバが提示した「洗練された日常」と、PUFFYが提示した「等身大のゆるさ」。この2つのラインがあったからこそ、後のELTやDo As Infinityといったユニットが、よりドラマチックに、よりロックに時代の真ん中を打ち抜く下地が完成したのではないか。

 Do As Infinityが継承した熱量

2000年代初頭へ向かう中で、Do As Infinityはそのバトンを受け取り、よりロックテイストを前面に出して駆け上がった。伴都美子のパワフルな歌声と哀愁を帯びたメロディは、深夜番組やアニメのタイアップと共に若者の感情を激しく揺さぶった。ELTが描く繊細な心情とは対照的に、胸を掻きむしるような衝動を叩きつける彼女たちのスタイルもまた、あの時代の最大瞬間風速の一角を担っていた。

当時は音楽を消費するスピードも、それを共有する体感濃度も今とは全く異なっていた。ストリーミングのプレイリストで自分好みの曲をイヤホンで聴く現代とは違い、当時は「クラスの全員、職場の全員が同じ曲を同じ熱量で聴いていた」のだ。

CDショップの開店日に予約して手に入れ、プラスチックケースを割らないように静かに開け、歌詞カードを眺めながらコンポで再生する。あの儀式のような時間と、街中に溢れていた楽曲の「音圧」こそが、私たちが体感した熱狂の正体である。

時代が移り変わり、音楽の聴かれ方が多様化した今だからこそ思う。あの時代、誰もが同じ歌に背中を押され、同じ歌に涙していた。数字の記録以上に、私たちの記憶の深い場所に刻み込まれたあの凄みのある「空気の振動」を、私はこれからも語り継いでいきたい。では最後にリリースされて約四半世紀、ELTの『ささやかな祈り』をご一聴。