会社で手渡された、一通の無機質な封筒。
そこに踊る「健康診断結果在中」の文字。デスクの陰で恐る恐る開封し、ズラリと並んだ数値を眺める。……うん、思わしくない。非常に思わしくない。ここ何年か思わしくない。
そこに不敵に並んでいたのは、「高血圧」と「脂質異常」、傷口に塩を塗るような【要精密検査】の6文字だった。ガツンと現実を突きつけられ、思わず自分の、いつの間にか服の内側でずっしりと育ってしまったお腹をさする。万全という名のレールから、完全に外れちまった。
その瞬間、私の脳内で、あの歪んだ重低音の暴虐的なリフが、超高確率でループを始めるのだ。
『maximum the hormone II ~これからの麺カタコッテリの話をしよう~』
生活習慣病の危機に瀕しているというのに、脳が求めてしまうのは、マキシマム ザ ホルモン史上最も重厚で、最も油ギッシュで、そして最高にエグいあのキラーチューン。
解析しまくるとマキシマムザ亮君さんに「うっせえよ、能書き垂れてんじゃねえ!」と怒られそうだが、これも腹ペコの性(さが)だ。こだわりの強いマキシマムザ亮君さんの意図を、1ミリでも、いや1マイクロミリでもいいから汲み取りたい。
何せ、自分が引っかかった項目は、あの曲の歌詞と一言一句違わずシンクロしているのだから。
激痩せしたマキシマムザ亮君さんへの批判と、「2,292円」に込められた呪い
この楽曲を語る上で外せないのは、2015年に起きた「マキシマムザ亮君さん、激痩せ事件」だ。生活習慣病の治療、とりわけ合併症の危機から命を守るためのガチのダイエット。マキシマムザ亮君さんという「デブ・不健康・ジャンク」の象徴だった男が、突如としてスマートな体型に変貌を遂げた。
その時、一部のファン(というか世間)が放った言葉は残酷だった。
「痩せたらホルモンじゃない」「あの体型だからあの重いリフが弾けたのに」「コッテリ感がなくなった」……。
「命守るために痩せて何が悪いんじゃい!!!」
という怒りと絶望。そのアンサーソングとして2018年にドロップされたのが本作だ。
しかも、コミック付き書籍として発刊されたこの作品の価格は「2,292円」。
語呂合わせは【痛風苦痛(ツーフークツー)】。歌詞の冒頭でも「足痛い! 魚卵でストライク」と叫ばれているが、この時点でマキシマムザ亮君さんのユーモアと、病の恐怖に対するリアルな怨念が、ドロドロのスープのように煮詰まっている。
白い巨塔での対峙。言い渡された「崖っぷちの猶予」
健診結果を握りしめ、私はすでに病院の門を叩いた。診察室で先生から告げられた結果は、即入院や即投薬ではなく、ひとまず「経過観察」というものだった。
一瞬、胸をなでおろす。しかし、先生の目は笑っていなかった。白衣の向こうから、冷徹な現実が追撃してくる。
「ぶっちゃけね、もう今すぐに薬を飲み始めていてもおかしくない状態ですよ」
「はっきり言っておきますが、このままだと悪化することはあっても、自然に治ることは絶対にありません」
突きつけられたのは、実質的なイエローカード。優しさのオブラートに包まれた、強烈な「生活習慣改善」への警告。そして、「また来てね」と。
診察室を出て、ズシリと重い臨場感を抱けたまま深いため息をつく。その瞬間、私の頭の中で、またしてもあの重戦車のようなギターリフが爆音でループを始めた。
迫り来る「ウェルネス」への警告と、リアルな生存本能
ホルモンの楽曲の真骨頂は、デスボイスと重低音の嵐の中に、突如として放り込まれる「極上のポップネス」だ。
今作でも、ナヲ姉のキャッチーなメロディラインが炸裂する。しかし、その歌詞をよく見てほしい。ただのポップソングではない。
煌びやかなJ-POPや、表面だけを取り繕った「綺麗で健康的なライフスタイル」に対する、強烈な皮肉がこれでもかと詰め込まれている(ように聴こえる)。
歌詞を追うと、「ヘルシー男子 もういい!」「ウェルネス脳うっとうしい!」と、デブに戻ることを強要する世間の声と、それに「無理です てめえら御免!」とブチギレるマキシマムザ亮君さんのリアルな生存本能(尿路結石への恐怖)が激しく殴り合っているのがわかる。
病院の先生から「これ以上悪化させないために生活習慣を改善しろ」と言われ、頭では分かっていながらも、ジャンクを愛する己のソウルが激しく抵抗する。この葛藤こそが、今まさに私の脳内で起きている有事そのものなのだ。
彼らが提示するのは、オーガニックなサラダでもなければ、お洒落なスムージーでもない。
形を変えてでも生き残り、牙を剥き続ける「精神的麺カタコッテリ」の証明なのだ。
“これからの麺カタコッテリの話をしよう”
このフレーズがリフレインされるたび、私の脳汁はドバドバと分泌される。血圧が跳ね上がろうが、血管に脂質が詰まりかけようが、俺たちのソウルは、あのギトギトのラーメンのスープのように、濃く、深く、他者を寄せ付けないほどに沸騰しているか?
マキシマムザ亮君さんは、身体が痩せた代わりに、その牙を「思想のコッテリ度」へと全振りしたのだ。
痛々しい言葉たちを吹き飛ばす「カッコ良さ」の正体
曲のクライマックスに向かうにつれ、カオスは加速する。ダイスケはんの咆哮、上ちゃんの実家のような安心感をもたらす超絶ベースライン。
空間を切り裂くディストーションの中、今の私のためにあるかのような、あのフレーズが襲いかかる。
”高血圧 脂質異常 / 尿酸値is dead!!”
まさに、私の健診結果そのものだ。
普通なら絶望し、明日からの食事制限や「このままだと悪化する」という先生の言葉にただただブルーになるはずの現実。
しかし、この曲を大音量で脳内に響かせていると、そんな痛々しい言葉たちすらも、不思議と「ホルモンの世界観の演出」の一部であるかのような錯覚に陥るから不思議だ。
なぜ、この曲はこれほどまでにカッコいいのか。
それは、マキシマムザ亮君さんが「弱さや病、衰えすらも、すべて極上のエンターテインメントに昇華させてみせたから」に他ならない。
“コッテリ=生き様です コッテリ=生き様です / たっぷり貴様より生きる”
デブを辞めた。病気にもなった。数値も悪かった。
それを隠すどころか、曲名にし、価格にし、MVでセルフオマージュして笑い飛ばし、外野のクソリプを「たっぷり生きる」という執念に変えてみせる。
曲のラスト、厚生労働省の冷徹な生活習慣病の統計データをまき散らし、「患者の意識向上、そして医師と患者が共通の認識をもって治療に取り組む姿勢が重要である!」と、まさに今日私が病院で受けたお説教のようなアナウンスが流れた後、放たれる。
「しらんがな!」
この叫びは、国のデータの一部になってポックリ死んでたまるかという、究極の反逆だ。この圧倒的な「転んでもただでは起きない、むしろ転んだ地面の泥を喰って新曲を作る」精神。これこそが、腹ペコたちが愛してやまない「麺カタコッテリ」の本質だ。
大きくなったお腹をさすりながら、明日へ
一通り脳内で曲を再生し終え、じっくりと煮込み(考察)を終えた私は、病院の帰り道、再び手元の健康診断用紙と領収書に目を落とす。
「高血圧、脂質異常、経過観察(ただし崖っぷち)」
私の数値は、確かに現実としてガチでヤバい。
「このままだと悪化する一方」という先生の言葉は呪いのように重い。明日から、本格的な生活習慣改善という名の「闘病戦」に挑まなければ、次は本当に薬が待っている。大好きなラーメンや、コッテリした油物を控える日が増えるかもしれない。
だけど、悲壮感はもうない。
身体が「麺カタコッテリ」を拒減する年齢になったとしても、私の耳が、私の脳が、そして何より私の生き様が「麺カタコッテリ」であればいいのだ。形を変えながら、泥臭く、しかし誰よりもカッコよく生き残る。あの曲が教えてくれたのは、そういうことだ。
よし、決めた。
とりあえず明日からは少し歩こう。食事のバランスもガチで考えよう。自然治癒しないなら、こっちの生き様でねじ伏せてやる。
すべては、いつかまた、万全の体調でホルモンのライブのモッシュピットに飛び込み、腹の底から叫ぶためだ。そして一緒に「目‼︎‼︎」をやりたい。
「これからの、麺カタコッテリの話をしよう」
私は大きくなったお腹をポンとひとつ叩き、診察券を引き出しに仕舞った。悪化して終わるような薄味な人生、送ってまるか。俺のコッテリした戦いは、ここから始まる。最後にご一緒にご一聴。
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