1億回という数字の、あまりの軽さと、私のめんどくさい自意識について
aikoの「ストロー」が、ストリーミング累計再生数1億回を突破したらしい。
素晴らしい!めでたい!公式X(旧Twitter)が「カブトムシ」「花火」に続く6作目の快挙だと大はしゃぎするのも当然だ。毎朝赤いストローを差し出してくれるあの爽やかなポップソングが、令和の世に何千万回と再生され、人々の出勤や通学を支えているという事実。実に健全で、美しく、一点の曇りもない。だが、少しへそ曲がりな私の中のシニカル細胞が、ここで静かに目を覚ます。ここからは私の勝手な思い込みで綴られる今回の話にお付き合いいただきたい。
1億回。デジタルデータがクラウドから降ってきて、スマホのスピーカーを通り抜け、人々の耳へと右から左へ流れていく。実にスマート。実にスタイリッシュ。しかし、そんな記号化された数字の山を眺めていると、どうしても胸ぐらを掴んで問い詰めたくなるのだ。
「で? 君たちは本当に、aikoの『本性』を知って聴いているのか?」と。
誤解しないでほしいが、「ストロー」は超名曲だ。ただ、あれは世間一般に向けてきれいに洗車され、ワックスまで掛けられたピカピカのaikoである。私が「この曲をおいて彼女を語ることはできない」と勝手に、執拗に信じ込んでいる曲は、そんな1億回再生のきらびやかなリストには入っていない。
ミリオンセラーの華々しいパレードの陰に隠れ、しかし確実に彼女の全楽曲の「背骨(というか怨念)」として機能し続けている、わずか5分間のドロドロした私小説。それこそが、1999年3月3日にリリースされたメジャー2ndシングル、『ナキ・ムシ』である。
スリムケースの時代、そして初期aikoの「重すぎる愛」
時計の針を、およそ27年前の1999年に巻き戻してみる。
当時のCDショップを知っている人なら覚えているだろう、あの細くて薄い「スリムケース」仕様のシングルCDを。手の中に収まる、どこか頼りないプラスチックの薄い板。そこに、まだ「天才恋愛中毒者」としてのマイルドなパブリックイメージが定着する前の、むき出しのaikoが閉じ込められていた。
デビュー曲の『あした』は、他者プロデュースによる「用意された衣装」だった。それはそれで尖っていて最高だったけれど、彼女が本当にその恐ろしい翼を広げたのは、メジャーで初めて自ら作詞・作曲を手がけたこの『ナキ・ムシ』からだ。
当時のインタビューを読むと、若き日の彼女の視点が、すでに常人離れしていることがよくわかる。
「狭い部屋の中で、愛する人との少ない時間を書きました。」(『CDでーた』1999年3月20日号)
「恋人の寝顔を見つめながらふと思った女の子の心情を描いたもの。たしかにものの5分くらいに思ったことみたいな内容ですね。」(『ソングコング』1999年4月号)
世界に向けて放たれたメッセージではない。ただ一つの部屋、ただ一人の男、そしてその寝顔を見つめる、たった5分間の思考の揺らぎ。歌詞の冒頭でも、彼女はド頭から*「この部屋で5分の出来事」* と不穏なカウントダウンを始めている。
これぞaikoの原液。世界も平和も社会情勢も1ミリも関係ない。四畳半の閉じた空間の中で、隣でスースー寝ている男への執着。それだけが彼女の宇宙のすべてなのだ。
加湿器の湯気と、もはやホラーな凝視力
さらに私を狂わせるのは、『aiko bon』に記された、この曲の誕生の瞬間についての言葉だ。
「加湿器の蒸気を見て、あぁキレイだなぁと思って、そっからできた曲ですね。」
ロマンチック!……と思うだろうか? いや、よく考えてみてほしい。冬の乾燥した部屋、ポツンと置かれた加湿器から白く不透明な湯気がゆらゆらと立ち上っている。それをじーっと見つめる彼女の視線は、歌詞の中でこう描写される。
白い影が消えては映す
ガラスの赤い光
加湿器の蒸気(白い影)の向こう側、家電の小さな赤いインジケーターか、窓の外の街灯が赤くにじんでいる。そんなぬるい湿気と静寂の中、彼女が何をしているかというと、眠っている恋人の顔のパーツのディテールチェックである。
唇の端から端まで まっすぐに見つめてみたら ゆるい目眩おそう
……ちょっと待ってほしい。寝ている恋人の唇を「端から端までまっすぐに」凝視し、自分で勝手に目眩を起こしているのだ。もはや愛おしさを通り越して、ちょっとしたサスペンス映画のカメラワークである。しかも、
気付かないふりしているのならば 思いきり抱きしめてみたい
胸が鳴る音を届けに
「もし寝たふりしてるんなら、いっそ思いきり抱きしめて、私の心臓のバクバク音を物理的に骨伝導で叩きつけてやろうか」という、なかなかに強引な実力行使まで目論んでいる。ここにあるのは、お行儀のいい少女の純情などではない。相手を精神的に丸ごと独占したいという剥き出しのエゴイズムであり、可愛さの皮をかぶった「静かな狂気」だ。さらに彼女は、あまりにも重く、逃げ場のない全肯定を口にする。
あたしにとって あなたの全てが愛の味
「愛の味」。この言語センス、何度聴いても鳥肌が立つ。甘いとか苦いとか、イチゴ味とかチョコ味とか、そんな生易しい話ではない。「あなたの全て」が、私の生存を条件づける味覚そのものになってしまっているという、あまりにも濃厚な絶対性。こんなセリフ、aiko以外の人間が口にしたらただの食人の一歩手前である。
1億回再生の荒野で、私は今日も沼に沈む
泣き虫だし いい言葉も並べられない
笑顔も下手だし不器用だけど
ありのままの気持ちを誓え Ah
aikoはここで、綺麗な言葉を並べることを完全に放棄している。笑顔すら下手だと自認する不器用な自分が、夜の孤独に耐えかねて、ただ「ありのままの気持ち」を、祈るように、あるいは呪うように「誓え」と叫ぶ。この「誓う」ではなく「誓え」という、どこか自分自身や運命を脅迫するような命令形が、この曲をただのバラードから「最強の執着ソング」へと引き上げているのだ。
ゴメンだよって言われたってもう怖くない
そう腹をくくったaikoは無敵だ。「重すぎて無理、ゴメン」と振られる恐怖よりも、この5分間の密室で膨れ上がった熱量をぶつけられないことの方が、よっぽど耐え難い。数少ない涙のしずくを相手にあずけながら、彼女は最後に「あなたにくちづけを…」と呟いて曲を終わらせる。完全に逃げ場はない。
話を現在に戻そう。
「ストロー」が1億回再生された現代において、私たちはいつでも、どこでも、清潔で安全なaikoを聴くことができる。赤いストロー、美味しいご飯、君にいいことがあるように。それはとても優しくて、キャッチーで、素晴らしいポップアートだ。
しかし、私たちが「ストロー」を聴いて胸の奥底をギュッと掴まれるのは、あの軽快なポップさの裏側に、1999年の冬、加湿器の湯気を見つめながら恋人の唇を凝視していた「あの女の子」の精神が、今もなお1ミリもブレずに生き続けているからに他ならない。
どれだけ売れても、どれだけ時代が変わっても、aikoの音楽の根底にあるのは「狭い部屋の中の、あなたと私」という、めんどくさくて、重くて、最高に愛おしい一対一の関係だ。世界中の1億人が聴いていようが知ったことではない。aikoは常に、ヘッドフォンを抜けた先にある「たった一人の孤独」に向かって、あのぬるい湿気を含んだ声を届けている。
ストリーミングの数字がどれだけ積み上がろうと、そんなものはただの記号だ。本当に価値があるのは、再生ボタンを押したその瞬間に、現代の小綺麗な部屋の空気が一瞬にして「あの1999年の重気圧な密室」へと反転してしまうような、あの恐ろしくも快感に満ちた音楽的体験なのだ。
だから、私はこれからも「ストロー」の快挙をシニカルに祝いつつ、夜が深まれば、静かに『ナキ・ムシ』を聴くだろう。加湿器のスイッチを入れ、立ち上る白い影の向こう側に、あの頃と何も変わらない、泥臭くて、カッコよくて、どうしようもなく「重たい」aikoの核心に心地よく溺れながら。
…と、ここまで私の勝手な思い込みで綴られた今回の話にお付き合いいただきありがとうございました。では最後に「ストロー」と「ナキ・ムシ」の両方をご一聴。

