6月9日は「ロックの日」。年に一度のこの日は、改めて「自分にとってのロックとは何か」を深く掘り下げてみるのに絶好の機会だ。
ひと口に「ロック」と言っても、その定義はあまりに広義だ。この音楽ブログではこれまで古今東西、様々なジャンルの音楽に触れてきたけれど、私自身の根底にあるもの、すべての音楽体験のベースとなっているのは、間違いなくロックミュージックである。
ロックンロール、パンクロック、ハードロック、ヘヴィメタル、オルタナティブ……。これらはおおまかな分類に過ぎず、現代におけるロックの枝葉は無数に派生し、混沌を極めている。「音楽をジャンル分けすること自体が不毛だ」という意見もあるし、それには一理ある。しかし、自分が歩んできた音楽の旅路を振り返る時、少しばかりの交通整理をしてみるのも悪くない。
そこで今回のテーマは、原点回帰。「自分にとっての最初のロックミュージックのはじまり」について語ってみたい。
記憶の底に流れる、ロックの「初期衝動」
幼い頃から、我が家には比較的いつも音楽が流れていたように思う。自分でレコードやCDを買うようになる前、耳に飛び込んできたのは親や兄が聴いていた音楽だった。
今にして思えば、あの頃日常的に流れていた曲の中にも、確かにロックの血脈は脈打っていた。
例えば、親が好きでよく聴いていたアリス(ALICE)。谷村新司さん、堀内孝雄さん、矢沢透さんが紡ぎ出すサウンドはフォークの文脈で語られることが多いけれど、「チャンピオン」や「冬の稲妻」の持つあの圧倒的なダイナミズムと哀愁、魂を震わせるボーカルは、今思えば完全にロックのそれだった。
あるいは、兄が部屋で流していた長渕剛さんの「ろくなもんじゃねえ」。
アコースティックギター一本と嗄れた声から放たれる、社会や自己に対する苛立ち、剥き出しの感情。あのヒリヒリとした空気感と「己の道をいく」という姿勢は、まさにロック精神(ロック・アティチュード)そのものだったと言える。
当時はそれを「ロック」という言葉で理解していたわけではない。けれど、言葉にならない衝動のようなものは、確実に幼い私の心にカセットテープの磁気のように上書きされていった。
鮮烈なる邂逅:氷室京介という衝撃と「2大イントロ」
では、自分自身が明確に「これがロックミュージックんだ」とハッキリ認知した最初の瞬間はどこだったのか。
記憶のフィルムを巻き戻した時、ある一本のミュージックビデオ(MV)の前でピタリと止まる。
それが、氷室京介さんの「KISS ME」だった。
テレビの画面に映し出されたその姿を見た時の衝撃は、今でも色褪せることなく鮮烈に覚えている。
冷徹なまでにカッコよく、それでいて狂おしいほどの熱量を孕んだ歌声とステージング。そして何より、あのソリッドでどこか退廃的なギターリフ。あの瞬間に世界の色彩が一瞬で変わるような感覚を覚えた。「KISS ME」との出会いこそが、私にとってのロックの扉が開いた瞬間であり、すべての始まりだった。
後に多くの音楽に触れることになるが、この「KISS ME」のイントロリフは、私の中でいまだに特別な大文字として君臨している。
遺伝子を遡る旅:BOØWY、そして伝説のギタリストたちへ
氷室京介という存在に打ちのめされた私は、当然のように彼のルーツへと遡ることになる。そこで行き着いたのが、日本のロックシーンの歴史を完全に塗り替えた伝説のバンド、BOØWYだった。
解散後に彼らを知った身としては、その完璧に構築されたスタイリッシュなサウンドとビジュアルは、まるで未来 of 音楽を聴いているかのような錯覚さえ覚えた。
そして、BOØWYの世界に深く溺れていく中で、私の興味は自然と「歌」から「楽器」、特に「ギター」へと向かっていく。
まず魅了されたのが、布袋寅泰さんのギターワークだ。
布袋さんの弾くリフやソロは、単なる伴奏ではない。それ自体が歌であり、強烈な意思を持った生き物のようだった。
特にBOØWY作品「MARIONETTE」のイントロが流れた瞬間の、あの脳を直接揺さぶるような高揚感。布袋さんといえばキレ味鋭いカッティングをイメージする人も多いかもしれないが、この曲のイントロに関して言えば、何よりあの唯一無二の美しいメロディラインをギターで奏でるアプローチこそが至高だ。
歌うように、語りかけるように紡がれるあの旋律は、先述した「KISS ME」のイントロリフと並び、今なお私の中で「2大ギターイントロの頂点」として燦然と輝き続けている。
布袋さんのギターによって「弦楽器が持つ無限の可能性」を知った私が、次に強烈な磁力で引き寄せられたのが、hide(X JAPAN)さんだった。
hideさんの鳴らすギターは、どこまでもカラフルで、サイケデリックで、そして狂暴だった。
ヘヴィなディストーションサウンドの中に散りばめられたポップなセンスと解放感。彼が生み出す世界にのめり込む中で、とりわけ胸を熱くしたのが「DICE」や「TELL ME」といった楽曲たちだ。
「DICE」のザクザクとしたエッジの効いたリフ、核心を突くヒリついた重厚さ。そして対照的にどこか切なくもキャッチーなメロディが疾走する「TELL ME」。これらの楽曲を聴いた時、ロックは単なる音楽のジャンルではなく、自由で、遊び心に満ちていて、生き方そのもののエンターテインメントなのだと確信した。彼らの鳴らすギターの歪み(ひずみ)こそが、私の青春のBGMであり、音楽の審美眼を形成する骨組みとなったのだ。
あなたにとっての「最初のロック」は何か
あれから長い年月が経ち、世界中の様々な音楽を聴いてきた。ビーチ・ボーイズのようなまばゆいメロディと美しいハーモニーが息づくクラシカルなロックに胸を躍らせたこともあれば、ザ・クラッシュのような衝動的で気高きパンクロックに血を滾らせ、NOFXのような爆走するメロディック・パンクに身を委ねて拳を突き上げてきた。
それでも、今なお新しい音楽を聴く時、私の耳は無意識のうちにあの頃に植え付けられた「ソリッドなビート」や「エッジの効いたギターリフ」、そして「揺るぎないカリスマ性」を探してしまう。私の音楽の評価基準の根底には、いつもあの時代の空気感と、彼らが提示してくれた「ロックの美学」が居座っている。
ジャンル分けが不毛な時代だからこそ、たまにはこうして自分自身の「音楽の履歴書」を整理してみるのも面白い。アリスのダイナミズム、長渕剛の精神性、氷室京介の衝撃、布袋寅泰の構築美、hideの自由な感性――。これらが複雑に絡み合い、溶け合って、今の私の「ロック」を形作っている。
6月9日、ロックの日。
もしあなたが音楽好きなら、今夜は少しだけ時間をとって、サブスクのプレイリストをスクロールする手を止め、記憶の引き出しを開けてみてほしい。あなたにとっての「最初のロックミュージックのはじまり」は、一体誰の、どの曲だっただろうか。あの時、あなたの心を撃ち抜いた最初の衝動は、今も胸の奥で鳴り響いているだろうか。では私が撃ち抜かれた楽曲「KISS ME」を最後にご一聴。
